夕食時に寝てしまったせいか、俺は夜中に目を覚ました。時計を見れば二時。
さっきまであんなに騒がしかった連中もさすがに夜中は静からしい。
隣には陣が寝ていた。いつもこうして寝ているのだろうか。
はだけたと言えば聞こえはいいが、ほとんど腹が出ている状態の寝間着を直してやり、
布団も寒くないように肩までかけてやった。
部屋の障子の隙間から月の光が入ってくる。
少しだけ障子を開け、外を見る。
月が綺麗に円を描き、雲一つ掛かっていない。
肌寒い。
そろそろ雪が降るのだろう。
また布団に入っても眠れないだろうとは思ったが、する事もないので布団に潜り込んだ。
どうしたら思い出せるのだろう。どうしたら・・・
全てはここにある。
自分の額に手をあてて、ぼんやりと目を閉じた。
自分の事なのに、自分でどうする事も出来ないなんて・・・
そんな事を考えながら布団の中で何度か寝返りを打った時だった。
「凍矢・・・?」
「すまない、起こしてしまったか?」
「んにゃ・・・眠れないだか?」
「いや、もうずいぶんと寝てしまった様だ。お前が運んでくれたのか?」
「凍矢メシの途中で寝るんだもんな。凍矢が人前で不用心に寝るってのも珍しいけど。」
「そうか・・・お前はこれでもかと言うぐらい人前で腹を出して寝ていたがな。ちゃんとしまわんと腹壊すぞ。」
「えへへ・・・夢・・・だったらいいのにな。」
「ん・・・?」
「凍矢がオラ達の事覚えてないって事がさ。」
「・・・・・」
「凍矢、ちょっくら行ってみねぇだか?」
「行く?どこへ・・・」
「オラ達の故郷。」
「故郷・・・?」
魔界。
オラ達の故郷。
居心地が良いと言うには不適切かもしれないが、長い時間を過ごした懐かしい場所である。
修業時代に使っていた家代わりの庵も、今は使う者もいない。
「懐かしいだなー、よくここで一緒に修行したべ。」
「そうか・・・すまん・・・覚えて無くて・・・」
「何で謝るだ?」
「何でって・・・」
「凍矢は覚えてないんじゃなくて、忘れてるだけだべ。」
「・・・・・同じ事だろ?」
「んーにゃ、全然違うだ!!」
「結果的には同じ事だ・・・」
「違うったら違うだ!」
「・・・・・何故・・・」
「ん?」
「何故そこまで俺に思い出させようとする?」
「凍矢に思い出して欲しいからに決まってるべ?オラの事・・・オラ達の事忘れて欲しくないだよ・・・」
いたたまれない空気に包まれる。
ここにいたはずなのに。
「・・・お前とはここで初めて会ったのか?」
「ああ。師匠が連れてきたんだべ。ここは修行にはもってこいの場所だって。」
「そうか・・・何か懐かしい感じはするな。」
「・・・・・・・!・・・凍矢、隠れるだ。」
「えっ・・・・・」
「結構でっけぇ妖気が近づいて来てるだ・・・」
蔵馬の言ってた事、大当たりだべ・・・
「陣、あなたも気付いたと思いますけど、今の凍矢妖気かなり落ちてます。と言うより、使えない、と言った感じです。」
「うん、なんかいつもと違うだ。」
「多分、記憶と一緒に妖気も閉ざされてるみたいですね。人間界にいる分には大丈夫でしょうけど、魔界では
気を付けてあげてください。いくら法律が出来たと言っても魔界は魔界。
簡単に今までの掟が無くなるわけはありませんからね。」
「・・・・陣・・・」
「1、2・・・一対二か。何とかなるだべ。」
陣の身体が凄まじい妖気の風に包まれていく。
お互いがお互いに気付いたようだ。
「あんまいい風じゃねぇだな。好きじゃねぇ。」
魔界トーナメントに参加し、上位に上がれば名が売れる。
結果、陣も凍矢も、魔界に知れ渡る実力者として認識される事になった。
「修羅烈風斬!!」
まだ距離はあったが相手の位置を知るために先制攻撃を仕掛けた。
微妙な風の動きで相手の動きと位置が掴める。
陣の感覚はすでに敵を完全に捕らえていた。
「へへっ!!こっちの頂き〜!!」
「ちっ!!もう一匹いただか!!」
「・・・・っ!!」
「凍矢!!」
早すぎて分からなかった。
何が・・・起きた?
顔に何かかかった。
血
俺のじゃない
誰の
陣が、俺に覆い被さっていた。
後ろには、最後に現れた妖怪の骸があった。
こいつに攻撃をしようとして、先の二人の片方の爪にやられたのだ。
「・・・・陣、陣!!」
陣の血だった。
俺をかばって・・・
背中の赤い筋の傷から血が滲んでいる。
陣の背中が赤に染まる。
陣なら・・・今の攻撃をよけられたはず・・・
いや、よけられないわけが無い。
何故・・・
俺なんかを庇った?
「ばーか!味方かばってこの様かよ。」
「まずは一匹だな〜。」
「安心しな、二人仲良く殺ってやるからよ!!」
ピキッ・・・
「なっ、何だ!?」
辺りが異常に冷たくなる。
結界だ。
「な、何だこの結界!?」
「・・・この結界からは逃げられん・・・動く事も妖気を出す事も叶わん・・・」
陣の身体を抱き起こし、陣だけはこの結界の巻き添えを食わないよう、結界の外に出した。
「た、助けてくれ!!冗談!!冗談だよ!!なっ!?」
凍矢の瞳に、容赦と言う言葉は無かった。
「死ね。」
「ここからなら、癌陀羅の方が近い・・・!!」
あまり動かさないように陣を抱きかかえた。
「うっ・・・」
駄目だ。これ以上は動かせない。下手に動くと出血が酷くなる。
陣を庵に運び込んだ。
血に染まった陣の服を剥ぎ取り、まだ出血が止まらない傷口へ自分のシャツをあてがった。
どくどくと血が布に染まっていく。
ここは俺達忍びが使っていた庵だ。
薬か薬草くらいあるはず。
箪笥の引き出しや棚を全部ひっくり返し、治療に使えそうな物を探したが、何も残ってはいなかった。
「・・・・・蔵馬。」
「はい?」
「J地区の南東部で仕事だ。さっさと行け。」
「アバウトな報告ですね。」
「癌陀羅の方が近い。」
「お前の同僚、厄介事巻き込まれた様だ。俺には関係無いがな。」
「ふふ、関係無いと言いつつ、あなたがこんな時間に起きて邪眼使ってるなんて、明日は雹か槍ですね。」
「うるさい。俺はもう寝る。後は勝手にしろ。」
「はいはい。」
陣をここに置いて、蔵馬の所に行くべきだろうか・・・
いや、こんな状態の陣を一人で置いていけばそれこそ命取りだ。
どうしてここで血を流しているのは俺ではないのだろう・・・
「凍矢。」
「・・・っ蔵馬!?」
「飛影から連絡もらいましてね。陣ですか?」
「ああ・・・すまないが何か薬草を持ってないか?」
「何種類かは持ってますが・・・ずいぶん深くやられたみたいですね。」
「早く何か施してやってくれ!さっきから血が止まらないんだ・・・」
「分かりました。すみませんが、水を汲んで来て下さい。血、拭きますから。」
「分かった・・・」
置いてあった桶を取り、近くの沢に走った。
二人で修行に明け暮れた森の風景をゆっくりと見回している暇はない。
「汲んで来た・・・」
「ああ、ご苦労様です。じゃあ、それ半分沸かして下さい。外と中から薬入れるので。」
「ああ・・・」
「・・・・・凍矢、もしかして記憶戻ってます?外に氷像がありましたけど。」
「ああ・・・陣が血まみれで倒れてるのを見たら・・・」
「不幸中の幸い・・・と言った所ですかね。」
「何が幸いだ・・・こんな大怪我して・・・」
「記憶戻って良かったじゃないですか。陣、喜びますよ。」
薬草を傷口に塗り込んでいく。
「俺の事なんか放っておけばよかったんだ・・・こんな、誰かに助けてもらわなければならない弱い俺なんか・・・!!」
「弱いから・・・ですかね?」
「守りたいから守るんでしょ?違います?」
「・・・俺が妖気を使えていればあんな奴らに負けたりせん・・・
陣だってこんな怪我せずに済んだんだ!!」
「陣は貴方が傷つく方が辛いはずですよ。」
「・・・・・・!!」
やれやれ・・・似た者同士・・・
「さて、薬も塗ったし、コレ、飲み薬です。3時間おきに飲ませてあげてください。あ、湿布もね。」
「・・・・・ああ。」
「そんな心配しなくて良いですよ。陣、血の気多そうだし。」
「まぁな・・・」
「あ、あと外のアレどうします?」
「ああ・・・朝になれば勝手に溶ける。」
「トドメ・・・ささないんですか?」
「あんな奴らの血で、陣を汚したくないからな。」
「そうですか・・・じゃあ俺はここで失礼します。」
「すまなかったな・・・飛影にも礼を言わなくてな。」
「そうですね。ああ、そうだ。ちゃんと薬飲ませてあげて下さいね。口移しでもOKですよvv」
「蔵馬ー!!」
赤面顔の凍矢に手を振りつつ、一目散に駆けていった。
「あいつ・・・鈴木みたいな事を・・・」
あれから二時間も経っただろうか。
陣の顔だけをずっと見ていた。
薬がちゃんと効いている様だ。
さっきよりずっと楽そうな顔をしている。
こんな床板では痛いだろう。
押入に簡易だが布団があった。
布団を敷き、陣をそこに寝かせようと、陣の身体を抱え上げる。
「うん・・・」
「陣・・・すまない、起こしてしまった。」
身体を持ち上げた弾みで起こしてしまっただろうか。
なるべく傷に障らないように布団に寝かせた。
「凍矢・・・あいつら・・・」
「ん・・・外で凍りづけにしといた。」
「凍矢・・・!!妖気・・・!!」
「ああ・・・記憶も妖気も戻った。・・・お前のおかげだ。」
「そっか・・・よかっただ・・・」
「・・・悪かった・・・」
「ほえ?」
「俺のせいで・・・こんなしなくていい怪我を・・・」
「オラ平気だべ・・・それより凍矢怪我してねぇべか?」
「お前が守ってくれたからな・・・」
「そっか・・・」
「さ、もう少し寝ろ・・・朝になったら、帰ろうな?」
「うん・・・凍矢も寝るべ・・・」
「俺はいい・・・この薬、もう少ししたら飲ませなくてはいけないからな。」
「薬?」
「ああ、蔵馬が置いていってくれた。さっ、だからもう少し寝ろ・・・」
「・・・・・」
「陣?うわっ・・・!」
陣にしっかり腕を掴まれ、布団に引きずり込まれた。
「陣、無茶するな!傷開いたらどうする!」
「・・・・・っ・・・」
陣は何も言わず、俺の身体を抱き締めた。
俺も、何も言わず、陣の頭を胸に抱き寄せた。
俺の胸に伝うモノには気付かないフリをして・・・
「陣、寝る前に薬飲んでおけ。」
「蔵馬の薬・・・?苦いからヤだ・・・」
「子供みたいな事言うな。ほら。」
「ううぅ・・・」
湯に溶かそうと、オブラートに包もうと、素直に飲めそうにない蔵馬の薬草は効き目はすごいが
精神ダメージも凄まじい。
「俺だってあの凄まじいの飲んだぞ。お前も我慢しろ。と言うか覚悟しろ。」
「だってぇ〜・・・」
「仕方ないな。」
「へ?」
まだ陣が口も付けていない容器を取り上げ、中身を一気に口に含み、そのまま陣の口を塞いだ。
「うっ・・・!」
頭を押さえ込み、薬を流し込む。
全部流し込んだのを確認し、唇を離した。
「ぐえっ!!まっず!!」
「昨日俺が飲んだ奴よりは幾分かマシだぞ?」
「うぇ〜・・・舌が変だべ〜・・・」
「我慢しろ。『良薬口に苦し』だ。ちゃんと飲んで偉いぞ。」
「むー・・・じゃあごほうびに口直し!」
「は?んっ・・・!」
負けじと陣が凍矢の唇を塞ぎにかかる。
さっきと同じくらいの時間だけ凍矢の呼吸の自由を拘束する。
「はぁ・・・何やってんだお前・・・怪我人なら怪我人らしくしてろ!!」
「凍矢だけずるいだ!」
「何がずるいだ!」
こんな他愛もない会話さえ、愛おしく思う・・・
なぁ?
陣・・・
「うーん・・・ここどこだ?」
「起きたか?」
「・・・あれ?凍矢?オラ何で・・・」
「何だ、今度はお前が記憶喪失か?」
「・・・凍矢・・・?」
「ほら、川で顔洗ってこい。朝飯食ったら帰るぞ。」
「凍矢・・・えへ・・・えへへ・・・」
「何だ?気持ち悪いぞ。」
ズズズズズズズ・・・
「何だべ?」
尋常じゃない物音を聞き、外に出た。
「よぉ、お二人さん。近くまで来てたからよかったら癌陀羅まで乗せてくぜ?」
「ホントだべか?助かるべ〜躯vv」
「どうせ料金取るんだろ・・・」
「当たり前だ。昨日の分と合わせてしっかり請求しなければならないからな。」
そして今日も元気良く彼の声が木霊する。
「何じゃこりゃー!!」
「うるさいですよ。しっかりきっちり払ってすっきり清算してください。」
-END-
どうも、後書きです。久し振りのシリアスです。いやー、今回はこのサイトの小説としては痛々しいですね。
ごめんよ、陣。
またもや「ここはシリアスを書くチャンスや!!」と思い、書いてみた所存であります。
本当なら今回は初のマジな陣×凍矢を書こうと思ったのですが、ここは小学生の方も来られる場所でしてね。
なるべく控える様にしております。その分鈴木に過激発言させてるワケですがね。(笑)
ギャグバージョンとシリアスバージョンと完結の仕方を分けてみましたが如何なモンでしょう?
ギャグも書きたい・・・でもせっかくシリアスが出来るネタやし・・・と悩んだ挙げ句、
「どっちもやりゃあいいじゃん!!」と言う安易かつ、結構無謀な事をやってみました次第です。はい。
シリアスは特に感想等頂けると嬉しいです。いつもギャグなものだから、私がシリアスするとどういう感じなのかを
客観的に聞きたいです。それでは!第二位の小説にかかるとしますです!